海外のガイドブックやSNSで「Memory Lane(メモリー・レーン)」として紹介されるこのエリアは、日本の戦後復興の歴史そのものを体現しています。そのルーツは終戦直後の1946年(昭和21年)頃、焼け野原となった新宿西口周辺に自然発生した戸板一枚の闇市に遡ります。
当時、統制品であった白米や小麦粉の代わりに、比較的入手しやすかった牛や豚の「内臓(もつ)」を串に刺して焼いた屋台が立ち並び、労働者たちの胃袋を満たしました。これが現在も横丁の代名詞となっているもつ焼き・焼き鳥文化の原点です。
また、オールドファンの間では今も「しょんべん横丁」という俗称で呼ばれることがあります。これは昭和20年代〜30年代当時、横丁内に十分な上下水道や公衆トイレが整備されておらず、酔っ払った客が線路脇の柵に向かって立ち小便をしていたという生々しい時代背景に由来します(※海外では直訳した「Piss Alley」というスラングでも知られています)。現在では環境整備が徹底されており、当時の面影はノスタルジックな建築様式と人情味あふれる接客にのみ残されています。