震災当日の西宮市立中央病院を捉えた映像の中で、最も見る者の胸を締め付けるのが、松田医師が若い医師たちに放った「やめなさい、ストップ!次の人にかかろう」という叫びです。
当時、病院の処置室には、倒壊した家屋の下敷きになって心肺停止(DOA:到着時心肺停止)となった患者が次々と運び込まれていました。平時の医療であれば、どんなに蘇生の可能性が低くても、医師は家族が納得するまで心臓マッサージや人工呼吸を1時間でも2時間でも続けます。現場の若い医師たちも、目の前の患者を救おうと必死に心臓マッサージを続けていました。
しかし、廊下やロビーには、今すぐ適切な処置をすれば確実に助かる重症患者が何十人も順番を待っていました。医療スタッフも医薬品も圧倒的に足りない中、助かる見込みのない心肺停止患者一人に数名の医師がかかりきりになれば、すぐ隣で息をしている負傷者が手遅れになってしまいます。
「やることやって、あかんかったら、次の人を助けなあかん」
松田医師は後の取材で、あの瞬間の胸中を次のように振り返っています。
「普段の救急なら、1時間でも2時間でも蘇生を続けます。でも、あの時は次から次へと患者さんが運ばれてくる。やることやって、あかんかったら、次の人を助けなあかん。若い先生たちは一生懸命やっているから、自分の判断ではやめられないんです。だから、責任者である私が『やめなさい』と言わなければならなかった」
蘇生を中止された患者のすぐそばには、泣き叫ぶ家族がいました。それでも「ストップ」と命じ、白いシーツをかけて次の患者へと向かう。この冷徹とも思える決断を自らが泥をかぶる形で下したからこそ、現場の若い医師たちは罪悪感で立ち止まることなく、救える命へと手を伸ばすことができたのです。