民謡「こんぴらふねふね」のルーツをたどると、江戸時代中期から後期にかけて過熱した「金比羅参り」の庶民文化に行き着きます。当時、伊勢神宮への「おかげ参り」と並び、一生に一度の念願とされたのが讃岐の金比羅参詣でした。
全国各地から船で瀬戸内海を渡ってきた参詣者たちは、丸亀港や多度津港に上陸しました。そこから金刀比羅宮の門前町である琴平へと続く道が丸亀街道です。参道沿いには多くの旅籠や茶屋、酒場が立ち並び、厳しい参拝の階段(本宮まで785段、奥社まで1,368段)を登りきった参詣者たちをねぎらう歓楽街が形成されていきました。
旅の無事を祝う宴席で歌われていた道中歌や神楽歌が、芸妓たちの手によって洗練され、三味線の伴奏とともに座敷唄として定着したのが「こんぴらふねふね」です。明治から昭和にかけて全国の花柳界(花街文化)へと伝播し、東京の新橋や柳橋、京都の祇園などでも定番の「お座敷遊び」として愛される存在となりました。