物語の最大の切なさをもたらす要因である「なぜ名前も体験も忘れてしまったのか」という疑問。これには、作中で一葉祖母が語った宮水神社の伝承と、SF的な時間パラドックスの双方が緻密に絡み合っています。
1. 「かたわれ時」の終わりと境界の閉鎖
昼でも夜でもない黄昏時、世界の輪郭がぼやけ人ならざるものと出会うかたわれ時。この奇跡の数分間だけ、3年の時間の隔たりを超えて二人は同じ空間に存在することができました。しかし、太陽が完全に沈んだ瞬間、二人はそれぞれの本来の時間軸へと強制的に引き戻されます。境界が閉じた代償として、境界の彼方で交わした記憶はこぼれ落ちていきました。
2. 宮水の巫女が持つ「夢」の役割完了
外伝小説『君の名は。Another Side:Earthbound』でも深く掘り下げられている通り、宮水家の女性たち(母の二葉や祖母の一葉)もかつて誰かとの「入れ替わり」を経験していました。この能力の真の目的は、数百年に一度訪れる彗星の災厄から集落の血脈を守ることにあります。役目を終えた夢は、目が覚めれば消え去るのが神の定めたルールであり、彗星の激突から糸守の町民が救われた瞬間、奇跡の力とその副産物である記憶は「ただの夢」として回収されたのです。
3. 歴史改変に伴う世界の整合性
瀧は「死者500人以上」という確定していた凄惨な過去を改変しました。パラドックスを解消するため、世界は自動的に記憶の修正を行います。「なぜ自分が糸守の歴史に関心を持っていたのか」「なぜあの町にあそこまで執着したのか」という因果関係が切り離され、瀧の心には「何かを失った」という痛みだけが残る結果となりました。