引退後、飯島愛さんはコンドームの企画・販売など、女性の性と健康を支える啓発ビジネスの立ち上げに奔走していました。しかし、芸能界という巨大な庇護を離れた個人事業の道は平坦ではなく、資金繰りや新たな人間関係のトラブルが影を落としていきます。
2008年12月24日、クリスマスイブの日に東京都渋谷区のタワーマンションの一室で、変わり果てた姿となった飯島さんが発見されました。行政解剖の結果、病死(肺炎)と判明しましたが、華やかな表舞台の頂点を極めたスターが死後約1週間誰にも気づかれない「孤独死」を迎えていた現実は、社会に激震をもたらしました。
この悲報を受け、後にメディアの取材に応じた木村藤子さんは、深い悲痛の胸の内を語っています。日刊ゲンダイの取材などでも触れられているように、木村さんは飯島さんが亡くなった際の心境について、彼女が決して自暴自棄になって生命を投げ出したのではなく、最後まで病の苦痛と孤独の中で懸命に生きようともがいていた無念さに言及しました。
木村さんが感じ取った飯島愛さんの魂は、あまりにも純粋で、他人に迷惑をかけることを極度に恐れる性格でした。「痛い」「苦しい」「助けてほしい」というSOSを最後まで誰にも発信できず、暗い部屋でひとり逝くしかなかった孤独死の背景には、強がって生きてきた女性のあまりにも脆い一面があったのです。