日本サッカーの黄金期を語るうえで外せないのが、異なる哲学を持ち込んだ3人のカリスマです。彼らの功罪を比較することは、日本代表が抱えるアイデンティティの探求でもあります。
フィリップ・トルシエは、未成熟だった日本サッカーに「規律」と「フラット3」という厳格な戦術枠組みを植え付けました。ユース世代とA代表を一元管理し、中田英寿、小野伸二、稲本潤一らを束ねて2002年日韓W杯で初の決勝トーナメント進出を達成。個人の自由を縛る独裁的スタイルには批判もありましたが、組織で戦う基盤を築いた功績は計り知れません。
対照的にアルベルト・ザッケローニは、本田圭佑、香川真司、長友佑都、内田篤人らを擁し、「自分たちのサッカー」で世界を圧倒しようと試みました。2011年アジアカップ制覇時の攻撃的パスサッカーは「歴代最強の美しさ」と称賛されたものの、2014年ブラジルW杯ではプランBを欠いてグループリーグ敗退を喫します。「理想に殉じた名将」としての記憶は、その後の日本代表における現実主義への揺り戻しを生む契機となりました。
その現実主義を最も鮮やかに具現化したのが岡田武史監督です。2010年南アフリカW杯直前、テストマッチでの不振を受けて4連敗を喫した危機的状況から、アンカーに阿部勇樹を配し本田圭佑をワントップに据える超守備的システムへ舵を切りました。自らの哲学に固執せず、勝つために最適な手段を選び取った柔軟性と胆力こそが、国外開催のW杯で初となるベスト16進出という金字塔を打ち立てました。