An essential feature on 中大兄皇子の歌に隠された本音!額田王をめぐる愛憎劇と略奪愛の真相を徹底解剖, covering essential background.

では、なぜ「中大兄皇子が弟から額田王を強引に奪った」というスキャンダラスな物語が語り継がれてきたのでしょうか。そこには古代日本の婚姻慣習に対する、近現代的な価値観からの誤読が存在します。

飛鳥時代の皇族社会は「妻問婚(通い婚)」であり、かつ一夫多妻制が常態でした。大海人皇子と額田王の間には十市皇女が生まれており、二人がかつて深い関係にあったことは事実です。しかし、額田王は大海人の正妻(正妃)だったわけではありません。当時の皇族男性にとって、女性歌人や采女(うねめ)との関係は排他的な独占を意味せず、上位の権力者である中大兄皇子の後宮へ召し出されることは、一族の栄誉や出世に繋がる政治的ステップでもありました。

さらに重要なのは、大海人皇子自身、中大兄皇子の娘たち(大田皇女・鸕野讃良皇女・新田部皇女・大江皇女の4名)を次々と娶っている点です。つまり、兄弟間で女性が激しく行き交う極めて強固な重層的姻戚関係が構築されていました。「愛する女性を横取りされて遺恨を抱いた」という構図は、明治以降の一夫一婦制の道徳観や近代西洋ロマン主義を通じて古代史を再構築した結果生まれた、後世の創作的ファンタジーに過ぎません。