ネット上の一部では、清水草一氏に対して「フェラーリばかりを崇拝するスーパーカー至上主義者」という誤解が見受けられます。しかし、『ベストカーWeb』のコラムや過去の著作を紐解くと、その評価軸は極めてフェアであり、本質的な「デザイン至上主義」と「コストパフォーマンスへの敬意」に基づいていることが分かります。
例えば、トヨタ車デザインの歴史を振り返る企画において、一般のクルマ好きが「トヨタ2000GTこそ至高」と捉えがちな中、初代ソアラが放った170馬力のパワーと直線を基調とした端正なプロポーションの衝撃、さらには現行型トヨタ・プリウスが見せた「完璧すぎるほどの先進的フォルム」を極めて高く評価しています。
つまり、バッジのブランド力や価格の高さでクルマを判断しているのではなく、「デザイナーの魂が宿っているか」「乗る人間にワクワクするロマンを与えてくれるか」という一点において、数百万円の国産車も数千万円のフェラーリも同じ土俵で評価しているのです。このブレない審美眼こそが、長年自動車メディアの第一線でコラムを連載し続けられる最大の理由です。
【プロの結論】バブル期の承認欲求から読み解く「クルマ道楽」の心理的境界線
社会学および消費者心理学の視点から清水草一氏のソアラ論考やスーパーカー購入記を分析すると、日本社会における「見栄(顕示的消費)」の変遷が鮮明に浮かび上がります。1980年代のデートカーブームは、周囲と同じ価値観を共有しながら一歩抜きん出ようとする「同調圧力下のステータス競争」でした。当時の若者がローンを組んでソアラを買ったのは、クルマそのものへの愛着以上に、社会的な承認欲求を満たすためのパスポートだった側面があります。
一方で、現在の清水氏が実践する「大乗フェラーリ教」や「スッポン丸」の遊び方は、世間の目や世間体から完全に自立した「自己完結型のロマン追求」です。家族や家計を破綻させない明確な心理的・経済的バウンダリー(境界線)を引いた上で、値落ちの少ない中古フェラーリを賢く買い、維持できなくなれば潔く売却する。この「執着しすぎず、しかし情熱は失わない」という絶妙なバランス感覚は、趣味と実生活の両立に悩む現代のミドル世代にとって、極めて実践的な教訓を含んでいます。
清水草一流の「中古名車・スーパーカーライフ」が向いている人・おすすめできない人
これまでの連載や購入記の実績を踏まえ、清水氏のようなカーライフ(古い名車や中古スーパーカーの所有)に踏み出すべきかどうかの判断基準を整理します。
- 向いている人(おすすめできる条件):
- 突発的な故障やメンテナンス(クラッチ交換や油脂類の漏れなど)を「ネタ」や「ドラマ」として笑って楽しめる精神的余裕がある人
- 新車の保証や完璧な快適性よりも、デザインの美しさやエンジン音の官能性を最優先したい人
- 購入価格だけでなく、売却時のリセールバリューまで計算に入れて「実質的な出費」をコントロールできる人
- おすすめできない人(慎重になるべき条件):
- 中古車販売店の「クラッチ残量〇%」「当面整備不要」といった言葉を100%鵜呑みにして、予備の維持費(最低でも車両価格の10〜20%程度)を確保せずにフルローンで買ってしまう人
- クルマに対して「いつでも絶対に壊れず、周囲から後ろ指をさされない優等生」を求める人