一方で、文献上で「たいと」がどのような文脈で登場したのかを追っていくと、そこには一種の「幽霊文字(典拠が不明確なまま定着した文字)」に近い曖昧さが漂っています。
昭和30年代、大修館書店が『大漢和辞典』の編纂を進める過程で、ある証券会社の顧客名簿や古い戸籍調査の手控えの中に「この漢字を名字として名乗る人物がいた」という情報が寄せられたとされています。しかし、その後の系統的な家系調査や民俗学的な追跡調査を行っても、実際にこの名字を名乗っている子孫や現存する戸籍謄本を突き止めることはできていません。
明治初期の平民苗字必称義務令の際、珍奇な文字を創作して届け出た例は日本各地に存在します。しかし、公的な活字規格(JIS第1水準〜第4水準)の策定段階でも実在の確認が取れず、長らく「名簿の誤記、あるいは何者かが意図的に創作した文字が伝言ゲームのように辞書へ紛れ込んだのではないか」という創作説・幻影説が専門家の間で囁かれ続けてきました。