なぜ諏訪の地では、これほどまでに強烈な生贄神事が維持されてきたのでしょうか。その背景には、古代諏訪における二重の権力構造と、土着の精霊信仰があります。
諏訪大社の祭祀を紐解く上で欠かせないのが、筆頭神職として祭事を司ってきた「神長官(じんちょうかん)守矢氏」の存在です。茅野市にある「神長官守矢史料館」に保管されている古文書や復元展示によると、守矢氏は出雲系とされる諏訪明神(建御名方神)が諏訪盆地へ進出する以前から、この地を治めていた先住の神「洩矢神(もりやのかみ)」の後裔とされます。
両者の争いの末、統治権は外来の神である建御名方神(後の大祝家となる神氏)に譲られたものの、祭祀を執り行う実権は先住の守矢氏が握り続けました。守矢氏が代々降臨・憑依させてきた霊魂こそが、縄文以来の精霊とされる「ミシャグジ(ミシャグチ)信仰」です。
ミシャグジとは、石や木、竹、そして人間そのものに依り憑く自然界の根源的エネルギーであり、大祝の即位式においても、守矢神長官の手によってミシャグジが大祝の肉体に宿されることで、初めて幼子は「現人神」へと変貌を遂げました。御頭祭で捧げられる鹿の頭は、建御名方神への供え物であると同時に、山野を支配するミシャグジ神に対する畏怖と感謝の証でもあったのです。農耕民の論理(穀物神事)と狩猟民の論理(動物供犠)が妥協することなく融合した、極めて希少な宗教的共生がここに息づいています。