長崎出身の彼は、被爆の爪痕が残る故郷を離れ、音楽家を志して15歳で単身上京しました。苦学生として困窮を極める中、自らの活路を見出したのが、当時の一流文化人たちが集う銀座のシャンソン喫茶「銀巴里(ぎんぱり)」でした。
1957年、フランスのヒット曲を日本語でカヴァーした『メケ・メケ』が大ヒットを記録。裸体に豹の毛皮を巻きつけるような前衛的なステージ衣装や、紫のアイシャドウをあしらった妖艶なメイクで登場した美輪明宏は、たちまちマスコミの寵児となります。客席には作家、画家、劇作家、映画監督らが詰めかけ、サロン文化の中心地として熱気にあふれていました。
| 年代 | 活動と代表的な出来事 | カルチャー界への影響 |
|---|---|---|
| 1950年代前半 | 長崎から上京、銀巴里でシャンソン歌手として歌い始める | 国籍・性別不詳の美少年シンガーとして噂が広まる |
| 1957年 | 『メケ・メケ』の大ヒット、メディアで「神武以来の美少年」と評される | 豹の毛皮スタイルなど前衛的ファッションで社会現象化 |
| 1960年代中盤 | ブーム低迷後、自作自演の『ヨイトマケの唄』を発表 | 美貌のアイドルから魂のシンガーソングライターへ脱皮 |
| 1968年 | 三島由紀夫の熱望により舞台『黒蜥蜴』に主演 | 「美の化身」として演劇史に不朽の金字塔を打ち立てる |